ポタクのあれこれ。

僕の脳内の話。

こっそり吸い込んだ希望の空気

10月16日、櫻坂46公式youtubeチャンネルにて、一本のMVが公開された。

楽曲の名前は、「隙間風よ」。この楽曲のセンターは、小林由依が務める。

ファンにとっては待望のセンター曲であった。欅坂46としてデビューしてからおよそ8年、彼女が正規にセンターとしてパフォーマンスする初めての楽曲である。

ただ、MVの雰囲気は荘厳でありながらも、どこか切なさを感じさせる内容だった。この時から、私はどこか近くにあることを分かっていて、見ずに蓋をしていた「終わり」を密かに感じてしまったのである。

 

 

ギターで弾き語りをする目は、真っすぐにカメラを捉えていた。八重歯が特徴的な子だなと思った。「サイレントマジョリティ」のMVで、自転車を一生懸命に立ち漕ぎしているシーンが印象に残っている。

作品を重ねるごとに成長していった彼女は、センター脇やフロントといった、重要なポジションを任されることが多くなっていった。そういった中で起こった活動休止や卒業、脱退の連続は、グループの活動に陰りを見せると共に、本来のセンターのポジションが空いてしまうという現象を引き起こした。そういった事態の中、彼女はセンターのポジションを任されることが多くなった。期待とプレッシャーに板挟みにされながら過ごした日々の厳しさは想像に難くない。強くならざるを得なかった。そんな中でも、彼女は自分なりの表現を描きながら、グループの道を切り開こうとしていた。欅坂46としての歩みは2020年に止まることとなるが、最後の配信シングルとして発売された「誰がその鐘を鳴らすのか?」では、実質的なセンターを務め上げた。欅坂46アイデンティティとして強烈な存在感を発揮していた故に、彼女は、欅坂46を手放す、終止符を打つという宿命を背負い、真ん中に立ちエンドロールを見届けた。

 

欅坂46を超えろ」と銘打ち、グループは、櫻坂46として新たに生まれ変わり、二期生を中心にしていくことになった。小林由依は、みんなに背中を見せる存在から、センターの背中を守る存在になっていった。とはいっても、どちらの役割にしろ、責任が問われる。彼女は、あの華奢な身体に、期待と重荷と想いと希望を背負って、歩みを進めてきたのである。

 

そうした中、発表された休業は、何時かの記憶が蘇ってくるようだった。ただ、そんな心配を吹き飛ばすように、2021年12月19日、武道館のステージに彼女は帰ってきた。キラーチューンの「ジャマイカビール」を引っ提げ、圧倒的なパフォーマンスで皆を虜にして見せた。こんなにかっこいい小林由依の背中を見て、後輩たちは憧れ、希望を抱き、多くのことを学んだはずだ。

 

三期生の加入、二期生の台頭などで、彼女は後輩たちの背中を見る機会が増えていった。見る、見られるといった立場が逆転する時、アイドルは大きな岐路に立つ。グループのために、道、方向を指し示してきた彼女は、自分自身のために、どんな道、方向へ進むのかを迫られることになった。仲間の旅立ち、後輩の目覚ましい成長を見た時、彼女の決断が卒業へと向かっていくのは、至極当然のことであり、むしろ自然な流れなのかもしれない。

 

思い返すと、「Start Over!」から、どこか雰囲気は出ていたのかもしれない。

君は僕の過去みたいだな 僕は君の未来になるよ

このMVで描かれる、欅坂46アイデンティティの中心であった小林由依と、櫻坂46のアイデンティティの中心を担う藤吉夏鈴の構造は、櫻の木の内側には欅があるという一種の暗示であると共に、未来に向けて繋いできたバトンの受け渡しのようにも見える。未来との対峙を遂行したならば、終わりに向けて、過去と対峙していく。

 

ようやく内容は、冒頭で話していた部分へと戻る。

 

隙間風よ」の歌詞からは、小林由依自身の日々が想像できる。

 

隙間風 音もなく どうして泣いてる?

傷ついても 慣れたから 感じない 何も

 

この歌詞には、休業していた時期が重なる。

作り笑いも出来なくなった日。1日を歩むことってこんなにきつかったっけ。と、一度立ち止まりました」(小林由依2nd写真集 「意外性」より)

辛い日々を乗り越えて、戻ってきた彼女からは、力強さ、そして何より櫻坂46というグループの素晴らしさが証明されているだろう。「微かな風」を感じ、信じ続けていたのかもしれない。

 

このMVでは、欅坂46をモチーフにしたような演出が取り入れられている。

火で燃え上がる格子模様の枠組みは、「誰がその鐘を鳴らすのか?」のライブ映像(https://www.youtube.com/watch?v=fOL3JDWG7aQ)のものとよく似ている。この曲は、先ほども述べたように、欅坂46の幕引きの歌であった。そのイメージが使われ、壊される。場面の再生と破壊。どこかで見た言葉だ。確か、あの日の東京ドーム公演のテーマは「破壊と再生」だったのではないか…

 

ドライフラワーやビンタ後の無表情などと、乾いた質感で進んでいくMVの中で登場する灰は、統一感がある。ただ、あの格子が、欅坂なのだとしたら、それは生きる意味だったものであり、アイデンティティだったものである。だからこそ、丁寧に両手で灰を抱えている彼女に心打たれる。彼女は、優しく、そして静かに灰を地面へと撒いてゆく。櫻、欅といった木のイメージに重なっていく。破壊されたモチーフの灰を、再生を願って荒地に注ぐ。そこには瑞々しささえ感じられる。

 

燃え盛る格子の前で手を伸ばす彼女には、欅坂46の影がチラつく。もし仮に、その伸ばした手を誰かが取ってくれなくても、アイデンティティが崩れていこうとも、待っていれば、鐘の音が鳴る時が来るかもしれない。それを願って、希望を振り撒く。彼女が吸い込んだ希望の空気が、巡り巡って世界を廻り、櫻坂46に大きな花を咲かせるのを切に望む。

 

人生の思い出として残してもらえたら十分です」(東京カレンダー2024年3月号より)

自分がアイドルとして活動したことで、誰かを喜ばせることができたんだなっていうことに、私は幸せを感じました」(BLT2024年3月号より)

 

これらの発言からは、彼女の力強さと、歩んできた道のりに対する矜持がありありと感じ取れる。ファンとしても、貴方がいた日々を忘れることはしないだろうし、記憶の中で力強く、そして優しく存在し続けるだろう。大切なメモリーズ、色褪せぬように…

 

もう振り向かないでよ いつか会える日まで

 

see you again? see you soon?それは分からない。ただ、またすぐに会えるんじゃないか。だって、永遠を信じてるから。

彼女がこれから歩む道に幸せと歓びが満ち溢れていることを願ってやまない。

小林由依さん、8年間お疲れ様でした。本当にありがとう。